英語

英語が話せるようになることのメリットとデメリット

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闇雲に英語ができたらいいな〜というイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、

この記事では

英語が話せるメリット

話せるようになったことのデメリット

について綴りたいと思います。

 

 

英語がわかるようになったことのメリット

・インターネットの音楽ラジオなどで、DJが話していることがわかる。

・映画に出る俳優や女優の方のインタビューやセリフで、気の利いた言い回しなどに反応できる(理解できる)。

・普段の生活の中でみる英語で書いてある説明書や、注意書きなどの意味がわかる。

・日本のものさしで考えると気になってしまうことが、海外の感覚に置き換えると気にならなくなる。(抽象的な表現ですみません。)

・インテリアの雑誌など、日本で見かける外国は上澄みの綺麗な部分であることが多いので、外国に対してのエレガントなイメージをキープできることが多い。

これは直接的な、英語が話せることによるメリットではないかもしれませんが、英語にバリアがなくなったことで、東京駅丸の内北口側のオアゾに入っている丸善の洋雑誌コーナーなどをチェックして、気になる部分については、記事を読んで大体わかるというのがメリットです。

また、インテリアやライフスタイルなどを紹介している雑誌の中で提案されている広告が、日本のものよりも(金額的な)クラスが高いことも気分を上げてくれます。
貧乏や、コスパを考えた節約はまだましですが、貧乏くさいことは避けたいですものね。

 

メリットつづけます。

・子供に対して英語で話しかけたりできる。
子供が英語の学校から帰って来た時に、その内容について話したり、教えたりできる。

・街で困っている外国人に家族が声をかけて、収集つかなくなったら僕に聞けば良いと安心して飛び込んでいる。

・現在の仕事でたまにではあるが英語のマニュアルを読むことができる。(わからない単語を調べることはある)

・日々のニュースの中で、関心がもてる幅が広がる。海外情勢や新しいテクノロジーなど。
このまま、この日本で明日を過ごしていて大丈夫か」という危機感を感じて、前向きに感じられます。

話がそれますが、これは、終わりがあるから始まりがあって美しいっていうようなことにつながります。
例えば今日の健康が明日も続く保証はないという見地に立つと、今ただ、問題ないことが輝いて感じられます。

 

英語を勉強することによるデメリット

時間がかかる

まずはこれですね。誰しも何かに時間を使っているわけですが、英語を通してひとつひとつの物事を塗り替えていくプロセスはとにかく時間がかかります。

僕の場合だとまず1年近く
1日5時間 週4 プラス 週末10時間 普段は英語を聞く

数日に一度疲れてしまって、夕食後風呂にも入らずに寝てしまうことがありました。

これでもまだ1年後に
「何か英語をしゃべってみて」と言われて
”Pigion(鳩、はと)”しか言えなかったです。

英語の勉強には時間と労力がかかりますよね。
労力とのコストパフォーマンスを考えるととても悪いので、英語ができる人でも、ほとんどの日本人に英語はいらないという意見もあります。

英語ができることが、必要でないと努力できない可能性があります。
ただ、そもそも学ぶことが好きな方には大きなおもちゃになるでしょう。
老後に船旅で世界を回ったら、知り合った人と英語で自分の人生の軌跡を伝えることが出来たりして良さそうですね。

 

日本語がおかしくなる

英語を話せるようになるためには、英語の仕組みが腑に落ちることが大切です。しかし頭の思考回路の順番が英語にどっぷり浸かってしまうと、日本語を話すときに英語を日本語に訳して話すような局面になって多少不便であったりします。意外にずっと使っていた日本語っていうのはしばらく使わないととっさのときに思い出せません。

旅行先で出会った、高校を海外で過ごした人は、英語と日本語で混乱することはないと言っていました。恐らく僕は中途半端に頭の中で日本語と英語を行き来しているのでしょう。きっと負荷がかかっているのだと思います。

時々外国人の英語教師の英語を聞くと、違和感を感じることがあります。特に奥様が日本人で家庭で日本語を話されていたりすると、英語の思考回路が日本語寄りなんです。(笑)

 

それにひきかえ、日本語の話せない外国人の話す英語は混じりっけのない英語と言えます。

 

デメリットとも言えるコミュニケーションの変化

また、デメリットというと語弊があるかもしれませんが、英語が話せるようになって関わる人が減った変化を紹介します。

英語がだんだん話せるようになってくる段階では、外国人とコミュニケーションすること自体が楽しいものです。

どんな音楽が好きか、とか日本の文化の事柄について自分なりに説明できたり、または相手の言っていることが理解できただけで嬉しかったりもします。

しかし、その楽しみの形もだんだん変化してくるのです。考えてみてください、例えばセミナーに行った時など、周りに知らない人ばかりであるとき、誰も彼も話しかけたりしませんよね。(個人差あるかもしれませんが。。。)

気の合いそうな方を選んでコミュニケーションされることが多いかと想像します。(苦手そうな人と話すことに自分の枠を広げる快楽を感じるというトレーニングをされている場合は除くかもしれません。笑)

 

デメリットの話に戻りますと、英語を使うこと自体が特別ではなくなると、誰と話したいかということによりフォーカスしてしまって、結果以前よりもコミュニケーションをとる数がへってきました。セミナー会場の例のように人を選ぶようになってきてしまいました。

同時に、普段の生活の中でのふれあい(?)ではお店の人や、窓口の人、たまたま同じ空間に居合わせた人と少し話すと言うことは日本でのそれよりも多いかもしれません。これは全体にながれる文化というか、習慣の違いかもしれません。

 

上記のようなこと、つまり英語の技術が上がってコミュニケーションが円滑にできるようになると、その反面コミュニケーション自体が成立していることへの楽しさが半減してしまうということが出でくる。

また、英語を話し始めた頃のように誰とでも仲良くするということが減りました。

 

それはデメリットではあるかもしれません。しかし、同時にここぞという時に、友人と呼びたい人と、深い話や、くだらない笑い話をある程度不自由のないの英語でできることの喜びがデメリット以上のものであることも紹介しておきます。

  • この記事を書いた人

回り道男(まわりみちお)

三代目社長になって数年が経ちました。このブログでは、僕の回り道について紹介します。英語、庭の計画、車、バイク、自転車、本の紹介など趣味について綴ります。

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